3-Way-Handshake

僕は専門学校の生徒だ。まさか僕が専門学校で、しかも情報処理の勉強をしているなんて小学校生の頃の僕が知ったら驚くに違いない。僕は小学校のころおぼろげに、自分は「何か」を研究する「何者か」になっていると思っていたから。

ところが、現実なんてそうは上手くいかない。第一そんなおぼろげな考えの元、研究者になれるはずもない。ただ単に「研究者」という言葉に憧れていたのかもしれない。それだけのことだったのだろう。

小学校から少し前まで、僕は紆余曲折する。右に曲がると思い、左に曲がった。興味はそこをつきなかった。それと同時に、その早い「飽き」には自分でも驚いていた。僕には何かを続けることなんて無理かもしれない。そんな思いが、日々頭の中を巡っていた。そしてそれが劣等感になり、コンプレックスになった。

さぁ僕は大人になった。18歳だ。決断する時は近づいていた。僕は働かないといけない。僕はその時考えた。僕が今まで、一番長く、飽きずに続けてきたことはなんだろう。

そう、それはすぐ近くの、目の前にあった。インターネットだった。

僕は小学校の頃からパソコンに触っている。触っていると言っても、プログラミングが出来たわけではない。ただ、ゲームやネットサーフィンを楽しむくらいに触ってた。その程度であった。しかし、僕はインターネットを飽きなかった。興味が豊富で、いろいろなものに触ってきては飽きてを繰り返していた僕が。インターネットに飽きることがなかった。

インターネット=パソコン=情報処理。

その程度の認識、知識で、専門学校に入った。

専門学校だ。そこは、出来る人には合わせない。出来ない人に合わせる。正直に言って、授業のスピードが遅いと思った。ただただそう思い、苛立った。

なんでこんなものに、こんなにも時間をかけているのだろう。

僕は、自分で技術書を買い、勉強するようになった。

初めて買った技術書=参考書が「マスタリングTCP/IP」であった。ふんわりと、ぼんやりと僕はネットワークにかっこ良さを感じるようになっていた。

「マスタリングTCP/IP」を何度読み返しても、理解出来ない事があった。それは、TCPの 3-Way-Handshake だった。その仕組みがいまいち、いや全くわからなかった。どう悩んでも、身体で納得することが出来なかった。理解しようとすると、理解の寸前で、僕の頭の糸が、理解の糸が解けてしまっていた。どうしようもなかった。

理解できずにしばらく経った。しばらく。

しばらくの後。僕はまた、3-Way-Handshake に挑戦した。難しかった。それでも、その説明を読み続けた。

それは突然だった。突然。身体が理解したことを僕は悟った。どこをどう読んでも、身体が納得していた。腑に落ちていた。

その時の僕の感動は今でもまだ続いている。僕は、この仕組みこそが、僕を今まで飽きさせないインターネットという仕組みを支えているのだと理解した。僕が小学校の頃から、長い時間を過ごしているインターネットを。僕に喜びの体験も、楽しい体験も、感動も、そして、身の毛もよだつ程の恐怖を与えたインターネットを、 3-Way-Handshake 、 TCP が支えているのだ。そして、この仕組みこそが、僕の、そしてあなたの、いや、誰かのインターネット上のコミュニケーションを支えているのだ。

この世界の何処かの誰かのコミュニケーションを、インターネットを使って支えたい。

その感動は今でも僕の身体に残っている。そして、その感動は今の僕の原動力になっている。